Monthly Archives: August 2006

Ari no Heitai

I really wanted to watch this documentary film “Ari no Heitai” since I first heard about it a few months ago. I was worried if the film would be over by the time I go back to Japan, but thanks … Continue reading

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33年前の世界一周旅行

私も移動好きであちらこちらでフラフラしているが、この旅好きは親譲りかもしれない。まだ日本人にとって海外旅行が珍しかった33年前、うちの両親が世界一周旅行をした。当時二人は27歳、今の私と同い年で、2歳になる姉を母の実家と妹に預けての3ヶ月放浪の旅である。そのときの話を断片的に聞いたり写真を見たこともあったが、この歳でまた母の回想を聞くと、面白い。 その年代で世界一周というと、もしかしてお金持ちかと誤解されるかもしれないが、そうではない。うちの両親はかなり始末した生活をしていた。当時父は大手の広告代理店で働いており、そこの留学制度にあやかって、一人でアメリカの大学院に1年留学していた。会社からの派遣ということで、月給が10万円に満たない(基本給4万程度)時代ながら、一日に一万円という出張手当がついていたらしい。そのお金を貯めた父が留学の最後に、母を世界一周に誘うのである。飛行機に乗ったこともない母も若さと好奇心からその話にのり、父の詳細な指示にしたがって、まず飛行機のチケットを買いにいった。その時チケットが一人80万円。母はびっくり仰天である。繰り返すと、母が父の勤め先より受け取っていたのが4万円の基本給だけだった時なので、そりゃびっくりしただろう。 出発は1月の寒い時期だった。母にとっては初めての海外で、2歳の娘を預けての大冒険である。祖父が母を車で空港までおくったが、別れを言うのがつらすぎて、空港の端っこに着くや否や母と荷物を下ろし、「じゃあ」と言ってそそくさと去ってしまった。慌ただしく下ろされた母が空港を見渡すと、チェックインカウンターはターミナルのずーーーっと向こう側にある。「ちゃんと送ってよ〜」と思いながらの旅の始まりだった。今から考えると、祖父や祖母はそりゃあ心配したことだろう。あとで家のガラスのテーブルが突然バリーンと割れ、皆が「(母の乗った)飛行機が落ちたんだ」と思ったらしい。 母はまずハワイに向かい、一人で一泊するというイベントをこなさなければならなかった。母はあまり英語ができないし、初めてだし、ハワイでの一日は緊張のピークだったことだろう。とにかく父が書いたものすごく細かい指示を一つずつ守っていった。荷物は小さな小さなスーツケースひとつのみ、旅行の途中で気候が変わるから捨てても良いコートを着てくること、ハワイの空港でコートを脱ぐと荷物になるから、ホテルの部屋につくまで脱がないこと(忘れっぽい母のための助言か?!)、タクシーは高いから乗らないでリムジンバスに乗ること、食事は2、3ドルのものを食べること。当時のハワイは新婚旅行のカップルが行く場所だったので、きれいな夏服を着たカップルの横に、汚いコートをいつまでも着、小さなスーツケースを抱えた若い女が一人。想像しただけで異様だ。すごい格好ですね、と言う人に対して「日本はとても寒かったんです」という答えもややトンチンカンだが、それだけ答えられただけでもすごい。 食事に出た母は、メニューがよくわからないので、適当に指でさし、「これください」と注文。でてきたのはハムばっかりのオードブル。ブルースリー並みの失敗談である。その後は知恵がつき、ビュッフェ形式のレストランに変えたと言う。 それでもハワイはいいホテルがすでに予約してあったから良かった。このあと3ヶ月、行き当たりばったり、二人でホテル代込みで一日10ドルという予算での貧乏旅行をしていくのである。一ドルが300円の時代、レストランでチップを置くのもつらく、少しだけ置いて逃げるように帰ったと言う。海外で見る日本人は農協のツアーに参加している農家のお年寄りばかり。当時の話をする時必ず「若かったからね〜」と両親は言う。 そんなこんなで母はハワイよりサンフランシスコに移動、父との一年ぶりの再会である。ああ愛しの君、と思いきや、現れたのは長髪に毛糸の帽子をかぶり、ヒッピーと化した父であった。一応一年前までは会社員である。母のショックはよく理解できる。 初めてアメリカ大陸におり着いた母は、色んなもののスケールの大きさと躍動感にびっくりする。女性がバスやトラックを運転している!!といった光景も目新しかった。 その後の旅行の話もちょこちょこと話にのぼるが、No.1ヒットのエピソードは、二人がイギリスからコペンハーゲンに降り立ったときの話である。今でもそうであるが、スカンジナビア諸国の物価はとても高い。コペンハーゲンでリンゴとタバコを買った父は、その値段の高さにショックを受け、熱をだしてしまった。母は私と同様お腹がすいては何もできないタイプなので、レストランに入った際、黙っている父の横でメニューを見て注文してしまった。それに対し「こんな高いところで注文したらあかん」と怒る父、完全にパニック状態である。「じゃなんで(レストランに)入ったんよ」と、母のいい分はごモットモである。この旅でどんなにケチっていたかが知れるエピソードだ。 この旅が元々留学中の出張手当を使っていたことはすでに述べたが、このような貧乏旅行の結果、それでも残ったお金で家を建てる頭金にしたという。ちなみにこの会社の留学制度はその後すぐ廃止されたらしい。もう時効だろうが...、よくまあそんな無茶をしたものである。 Update:この旅行の日記を母がブログに綴っています。ご覧あれ。

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