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なぜ中国で反日運動が繰り返し起こるのか。

DCからは日本でどんな報道の仕方がされてどういう世論になっているのかはあまり分からないけれども、ネットで見る限りでは『国交正常化以来最大の』反日感情の爆発に「なんで中国人は日本ばっかり攻撃するのさ、いい加減にして欲しい」とかなり嫌悪感を抱いている人が多いのではないでしょうか。暴力的な行動に対してヒステリックな反応があるのは当然のことだけれど、「なんでそれほどに反日なの」という点に関しては、むしろ日本人が無知すぎるし、ネットで調べようとすれば右翼のサイトばっかりで、状況理解には繋がらないのが(私個人的に)気がかりです。 それなりに常識がある人ならば、日本軍が戦争中中国で虐殺・人体実験・レイプを繰り返し行なったことは知っていて、これがいまだに中国での反日感情を引き起こしている、くらいの認識があると思います。(右翼の方々はこの点に関し歴史的に間違いだから中国人の反日感情は根拠がない、と言いますが、この手の議論に関しては相手をする場所ではないので省きます。)大概はここで止まっているので、日本政府は投資や援助の形で中国にある意味賠償したのに、戦争から70年近く経っているのに、今だに日本嫌いなのはなぜなの、と疑問になることがあるでしょう。これに対して、中国政治に興味がある人ならば、中国政府がナショナリズム高揚のために反日感情を利用している、と論ずるのではないでしょうか。日本のジャーナリストはこれを指摘するのが特に好きです。それを繰り返し聞くよりも、では「反日」が政府にとってなぜそれほどに有効なのか、を考えてみるほうが今後の展開に役に立つはずです。 反日デモが歴史と連結しているというのは正解です。今回のように尖閣諸島/釣魚台の帰属問題がキッカケとなって燃え上がる前に集団的な心理がすでに出来上がっているので、これを解体するにはこれからかなりの時間が必要となるでしょう。これは、「歴史」の中でも「史実」と同様に重要な集団的「記憶」の問題だからです。ですから史実(何が起こったのか)のレベルであれこれと議論するだけでは状況理解につながりません。デモのような現象の把握のためには、史実が民衆にとってどういう意味をもっているのか(「記憶」)を知ることが鍵です。(ただし史実を誠実に解明することで集団的「記憶」に働きかけよう、というのは歴史学者の根本的な願いですが。) 抽象的になりすぎるまえに、具体的な話に戻ります。起点は中国の近代化です。中国で何千年と続いてきた「朝廷」制度が崩れるのが1911年の辛亥革命、状況はちょっと違いますが日本人にとっての明治維新くらい(又はそれ以上の)のビッグイベントだったと考えてください。これで国民政府ができるわけですが、しばらく地方土豪や軍閥達が争う内戦状態でした。これを利用して日本が1915年に21箇条の要求をしたことは、歴史の授業で学んで覚えている人がいるかもしれません。(もちろん最後の朝廷(清)と日清戦争をして台湾や満州の権益を割譲した経験がその20年前にありました。)このような一連の日本の要求支配に対して、1919年に中国初めての近代的民衆デモ、五四運動が起こるわけです。つまるところ、中国という近代国家ができた時から日本は圧迫的な「他者」であり、学生民衆が初めて一致団結したのは「反日デモ」だったわけです。近代中国の民衆アイデンティティが「反日」の上に出来上がったと思っても差し支えありません。 さらに言えば、中国でレジームが変われど、この五四運動は中国民衆が立ち上がったシンボルとして毎年振り返られ、繰り返し語られてきました。日本史で同じようなイベントが中々見当たらないので実感には乏しいかもしれません。日本人は自国史が帝国史であったことを忘れがちなくらいだし、(半)植民地化された民衆の記憶を理解するのは相当の想像力を要します。1919年だなんてそんな一世紀も前のこと、とバカにはできません。若い日本人の大半が坂本龍馬を知っていて、全共闘を知らないことを見ても、ナショナルファウンデーションの威力はすごいのです。とにかく、このような基礎の上に、日中戦争の経験を積み上げたことを鑑みれば、ただ単に「戦争が終わってもう長いのに」と思うのはナンセンスだというのが自明なはずです。 それほど根深いなら、一体日本人としてどうしろというのか、という疑問は当然あるでしょう。財産毀損に関する法律的常識的な措置をした上でひとつ言えるのは、オーバーリアクションをしない、ということです。中国共産党政権下で実質的に可能な唯一の大型デモは「反日」の名目であることを考えれば、反日だろうがなんだろうが、自発的参加をする民衆にとってそれはそれは大切でレアな民意を表す機会なんだ、と思えませんか?著名な芸術家、艾未未(アイ・ウェイウェイ)が「中国の市民は日本政府に礼を言わねばならない。自国で初めて大規模な抗議活動ができたのだから」と言ったという報道がありましたが、核心を得ていると思います。一つの名目で起こったことが全然違う方向へ発展することもよくあることです。二度と反日デモを見たくないというのなら、反日の集団心理が予めあることを知り、火種を取り除くことです。注意して見ていれば今回だって回避することができたはずなんです。わざわざ火を焚きつけるような某政治家がノホホンと居られることが、個人的によく分かりません。最後に、12億以上いる中国人民をひとまとめにして考えないことが重要です。つまり、集団心理の強さと共に脆さを知ることーー反日のプラカードを持っている人の中でも様々な個人的理由があるし、ましてやこんな大きな国で色んな意見がないわけありません。大雑把な排他的感情に同じように大雑把な排他的感情で返しても事が悪化するだけです。 以上のことは初歩的な中国の反日感情に関する知識ですから、わざわざ書く必要もないかなと思いましたが、できれば高校生くらいの人たちの目に留まることを願い書いてみました。 UPDATE: 暴徒に対して嫌悪感を抱く中国人自身のコメントを集めたブログ投稿がありました。暴力に嘆いている人、どんどん排他的になるのを恐れる人、「反日」と並んで腐敗政治を批判し始めた人、などの投稿が垣間見れます。中国語か英語かが分かる方は是非。

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北原白秋

北原白秋が親ナチスの歌を書いたことはあまり知られてないのでは。。。というかあまり知りたくないか。

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ジャーナリズムとの違い

前に「日本語で書いてみる」と宣言してみたのはもちろん日本語の分かる一般のオーディエンスを意識して練習するためなのだけれど。最近ジャーナリスト(ノンフィクション作家)の作品を読みつつ、やっぱり違和感を覚える今日この頃。 たとえば、少し古いが加藤邦彦氏の『一視同仁の果て』や林えいだい氏の『証言台湾高砂族義勇隊』を読むとする。加藤氏は1935年に高雄で生まれており、林氏は在日韓国人という個人的なバックグラウンドもあってか、著者の際立った情熱を感じるし、生き証人との対話の中で、私と同じように「これは書かなくてはならない」という衝動があったことが見て取れる。ジャーナリストとしては一流の仕事だとは思う。でも、ナレイティブが終始一貫しすぎて、それ自体がなんだか現実的じゃないような気がするのだ。 「ナレイティブ」と簡単に言ってしまったが、これこそ歴史家のbuzz word。政治学から転向した時に「歴史学部の学生ってやったらnarrativeって言うよな〜」と思った。中々うまく定義できないけれども試してみよう。歴史とは、過去に起こったことの物語、と平たく言うとして、やたらめったら史実を書いて物語になるわけでなし、話の筋というか、なぜこの部分の史実とあの部分の史実をつなげる必要があるのか、自分で決めなくてはならない。大抵は自分が証明したいことのために因果関係を追って物語を書く。その話の筋が「ナレイティブ」。植民地史ともなればそりゃもう色々なナレイティブが交錯するーーひたすら搾取の50年だった、というナレイティブ。帝国主義が近代インフラをもたらした、というナレイティブ。帝国主義の名を借りて資本家が一般人を搾取したんだ、というナレイティブ。台湾人はそれでもしたたかに生きた、というナレイティブ。女性は男性よりも虐げられた、いや、逆に解放された、というナレイティブ。日本時代は台湾社会を根本的に変容させた、というナレイティブ。いや、日本統治は結局台湾社会をちっとも変えなかった、というナレイティブ…。切りがないのでこの辺でやめよう。とにかく、ナレイティブなしには歴史は語れないし、自分の独自性や信念をさらけ出すことになるので、歴史学者はこれに非常に敏感なのだ。 上記の作品を含めて多くのジャーナリズムは、ナレイティブをシンプルにしなければ読者が混乱するし、メッセージが伝わらない、という制限を(本人たちは知ってか知らずか)抱えていると思う。例えば、『一視同仁の果て』は日本帝国政府が加害者で、軍夫として徴用され片腕と片目を失った台湾男性を被害者とする。どこからどう見ても、この加害被害関係は明らかだし、「戦争と帝国動員のせいで悲劇を被った可哀想な植民地青年」というナレイティブは説得力がある。ただ、おや?と思う点を、この大きなナレイティブのせいで無視することになる。当時、恋愛結婚は社会規範に反していたけれども、それを無視して好きな人と結婚した、と語る男性。まるでこの「社会規範」は帝国主義の一部のように語っているが、当時日本統治者が散々「聘金制度撲滅!」「自由結婚推進!」と叫んだことを利用したのではなかっただろうか。また、このナレイティブ内では搾取されていると感じ続けた彼が、なぜ日本の敗戦に涙を流して悲しんだのか。というように、疑う余地のない大筋のナレイティブの中でも複雑極まりない要素が色々とあるのだ。歴史家としては、というか私個人的に、こういう簡単には説明できない心理や現象に心惹かれるので、シンプル且つパワフルなナレイティブに必ず疑問を挟んでしまう。一筋縄で説明できないのが人生だと思うから。 実はジャーナリストだけではなくて、オーラル・ヒストリーをする際にもこういうパワフルなナレイティブと複雑な史実の間に立つ問題があるのだが、それはまた次回。

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