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Category Archives: 日記(日本語)
高校教師だったら言いたいこと。
高校生のとき、ある行事である先生が言った。「国際人になるには、まず日本のことをしっかり学ばないといけないんだ。君たちが外国で必ず聞かれるのは日本のことだから。」 なぜこの一言を特に覚えているのかは謎だが、ふいに思い出すことがある。思い出しては、喧嘩に負けた後のように、あらゆる反論を考える。当時「そうかもしれない」と納得してしまったのが多分今になってくやしいんだと思う。 歴史学生としては、一歩離れたところから、『国際人』という単語のおこりとか『国際』性とナショナリズムが交錯するのが日本の戦後社会を反映していて興味深いとか、ナショナル・ディスコースの拡散における教師の存在など議論するところなんだが、ひとまずそれは置いておく。学者の前に教育者として、私だったら高校生に逆になんと言うだろうか。 結論から言えば、「日本の外でも通用する人に成りたければ、自分が『これ』と思うことに打ち込みなさい。」 私にガツンと影響を与えた最初の世界人はミチだと思う。ノルウェー、スコットランド、アメリカで生まれ育ち、日本語、中国語、韓国語を操り、ヨーロッパと東アジアの歴史、哲学、プログラミングを語る彼の存在は、衝撃の一言だった。その後も複雑な背景を持つ色々な人物と知り合ったが、共通して言えるのは「母国文化を知る」ことなんて誰も求めてないし、そんなことで「国際人として合格か」なんて判断するなんて有り得ないということ。ミチはノルウェー人を時々自称し、しかも歴史学者でもあるけれど、だからって「バイキングの歴史はね」なんて語っているの聞いたことなければ、本人も全く興味なさげだ。 外国へ行って日本のことを聞かれるのは、それが無難な話題だからだ。でもそんな外交的表面的な関係ができてもーー例えば、寿司の話で盛り上がったとしてもーー正直役に立たない。友人とも言えない。人間関係では、もっとお互いの根本的な価値観を衝突させたり、共有したりすることで、信頼が産まれる。こんな簡単なメカニズム、こんなに抽象的に書かなくても直感でわかるものだ。京都生まれだからって「京都とは云々」しか語れない人、つまらない以外の何者でもない。 ついでに学問する身の視点に戻って言わせてもらえば、自国のことだからよく分かる、と思い込むことこそ恥ずかしい。大学院のセミナーでたまに「アメリカ人が私たちの歴史をどのように語るのか興味があってこの授業を取りました」という日本人や韓国人学生がいるが、大体3週間くらいで、その宣言がいかに虚しいか分かって前言撤回となる。歴史の授業で問われるのはいかに年代や人物を知っているかじゃなくて、いかに批判的にロジックを考えるかだから、今まで教科書を鵜呑みにしてきた学生は「自国」の前に「歴史」とは、という点からしてつまづく。 では、何が求められているのか。これも実は「日本の外だから」違うのではなくて、要するに人間として面白い人物になること。経験を積んで、自分の意見を構築すること。何かに打ち込んで、試行錯誤して、これだったら情熱と自信を持って話ができるという「何か」を身につけること。それがたまたま寿司だったらそれでもいいし、唐詩だろうが、車だろうが、スポーツだろうが、何でもいい。とにかく漠然と「日本のこと」を語るステージを超えて、勝負できる何かを見つけること。 と15年前の自分に言ってあげたい。
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日本語で書いてみる
30代になって気付いたが、幼い頃から4,5年ごとにふと我に返るというか、長期的視点から自分の現在地を確認したくなる時があるようだ。今の博士課程に入って4年、政治学を含めたら6年、最初の渡米から10年。始めは「意外にできなくもない」という感覚がうれしくて入り込んだ学問の世界だが、自分のnicheがはっきりしている歴史学では特に事が順調に運び、気が付けば周りの友人も学者ばかり、自分とは直接関係ないのにフルブライト・ヘイズの取消騒ぎに一丁前の意見を振り回し、学位取得後の就職難を嘆くのは日常茶飯事の、カブレタ博士生となった。 どんよりとした天気の午後、ふいに相方の同意が欲しくなって、「わざわざ可能性を狭めなくてもいいよね。」と切り出す。いつものように “What do you mean”って言われるのを待って、学位を取ったからって自分の将来をアカデミアの範疇だけに狭めるのは、本末転倒だと思う、もっと多くの人に発信して行きたいと、宣言なのか反省なのか、希望なのか不安感なのか、自分でも分からないまま話す。今日やっと手に入れたGPS dataloggerであれこれ試しながら、”Of course you should do what you want to do. You can still write for general audience as a university professor as well,”と相方。 明後日からまたタイ・インドネシア・オーストラリアの各地でリサーチで、その準備もその前に終わらせることも山のようにある彼に、わざわざこのタイミングでこんなすね方をするのもどんなものか。それでも色んな可能性をあれこれと具体的に話して一安心した後一言、”But it’s ironic if I end up getting an academic job … Continue reading
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誘惑
日本人、中国人、アメリカ人に囲まれて韓国語を学ぶのは結構つらい。慣れ親しんだ言語で、スムーズに交流をはかりたいという誘惑がつねにあってつらい。授業の合間に各国語が同時に耳に入ってきてつらい。これ「○○語ではなんという意味?」ときかれてつらい。中国語分からないフリしてみたけど、やっぱり2日と持たなかった。他言語の誘惑にどう立ち向かうか、マルチ言語というアイデンティティをどう押さえるか、自分との戦いなのだ! 誘惑といえば、アジア(特にソウル)にいるとやはりフェミニズムとアンチ消費社会をどう突き通すのか、という問題にも突き当たる。女性の対象物化が恐ろしい勢いだから。このエステの数。広告のあり方やドラマでの女の描き方。最近東京に寄ってないから分からないけど、東京に帰ると同じように思うのかな。香水の匂いがプンプンする学校で、10代後半〜20代前半の学生に囲まれて、頑固にノーメイク、ノーアクセサリにビーサンでいる私だけれど、常にそういう社会の目で「見定め」られ、「問われ」るのは、さすがに疲れる。
