Category Archives: About Asia

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Recently I did a few sessions of interviews with a 92 year-old Korean gentleman about his experiences during the colonial period. He is a superhero for my Korea research. On the first day of the interview, he took me to … Continue reading

Posted in History, Korea, Research, Taiwan

Are their memories different?

Three months have gone since my last entry, and now I am in Seoul. I stopped writing for many bad reasons, but it might be the way I promised that I would write in Japanese that stopped me from blogging. … Continue reading

Posted in Korea, Research

大正生まれ

「大正生まれの者だと言って、日本の新聞に投稿してやりました。」初めて訪ねる老人に言われたときはしっくりこなかった。「国鉄の職員、飽くまで公務員が、何万という利用者がいるのにストライキだなんて、許しちゃいけないって。」正直、私の歳では国鉄職員のストライキさえ記憶の範疇か、際どいところだ。日本統治時代の台湾の話を聞く前のウォームアップのはずだったのに、聞き出すどころか、すでに押されている。机の上に伏せてある最新号の文藝春秋を見たときに覚悟すべきだったか、どうやって本題に入ろうか、と考えているうちに「大正生まれ」の一言を聞き流してしまった。 それから更に、3人の老人に繰り返し会いに行くようになった。初めて会うとき必ず聞く「私は大正生まれです。」という気高い一言。自分が祖父母と育たなかったせいか、「現在85才以上」の他にどういう意味があるのか分からず「はあ、そうですか」と間の抜けた返事をするばかりだった。「大正生まれのどこがえらいの、ただ早く死ぬだけじゃないの、という冗談があったんですよ、日本時代が終わってずっと後のことだけれど。」とそのうちの一人の老女に言われて、ハッと気がついた。日本語が禁止されてからも言われ続けるほど、「大正生まれ」は台湾にとってある深い意味をもつということに。 多分それは、台湾人が日本の兵隊となった数年の枠のせいだと思う。昭和生まれは終戦時19才以下だから、昭和16(1941)年に始まった志願兵にも、終戦直前の昭和20(1945)年に始まった徴兵制にもひっかからず、主に少年工として台湾や日本各地に飛ばされた。この1941年から1945年までに兵隊に行ったのは当時20才から25才程度の若者、今100才から86才の老人ということになる。ちょうど大正15年・昭和1年生まれが分かれ目だ。 戦争へ行くことが彼らの人生を変えたことは、言うまでもない。そして実際に兵士や軍夫となった人々と共に、「兵士となるべく」教育されたこのジェネレーション全体が特殊な経験をしたと言っていい。歴史学者はこの日中戦争が始まる昭和12年(1937年)以降を「皇民化運動」時代と呼び、台湾、朝鮮総督府が日本人としての国民意識を植民地に本格的に植え付けた、アイデンティティー上の「民族抹殺」の時期だと説明する。正直、私は民族の問題よりも、当時の青年層を形成した世代がこの時代をどういう思いで生きてきたか、に興味がある。皇民化運動時代、男女ともに「青年」というだけで重大任務を負う存在とされた。日本語を流暢に話すこと、親に日本語会話を強要すること、強靭な肉体を作ること、爆薬を使う危ない勤労奉仕をすること、米を増産すること、「死ぬまで鍛煉」と念じてあらゆる私欲を絶つこと。そうやって今まで期待されたことのない責任を果たしながら、台湾の未来を引っ張っているという希望。それと同時に感じる就職先のない不安感。金持ちや日本人ゆえに上級学校に進む人たちへの卑下。私が見る資料は、こうした青年の日常生活を目の前に描き出す。 終戦の日が来て、時も政治も容赦なく移り変わる。青年たちが受けた動揺は他の世代の比ではない。彼らは激動の台湾社会を、引き続き踏ん張り支え続けることになる。多分「死ぬまで鍛煉」と思いながら。日本人への様々な感情は別にして、「私は大正生まれですよ。」の一言には、その矜持が込められている。

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